消えるデジタルデータ

繁忙期の雑イベ欲

昨夜、働き者のぽりたんは、夜の12時過ぎに帰宅。
晩ごはんとお洗濯のあと、お仕事だけで1日終わるのが惜しくて、深夜1時頃に「チャルメラ担々亭」へ。(※2025年4月8日の日記です)

「ころもぁ~」が流行ってたり、てっち~のチャットがパッド入力だと知ったり(なのにわざわざ痔とか入れてたの)、犬の話、カップヌードルの話、プーさんの話、お蕎麦をすするシンデレラの話。

ひさびさに、雑イベ欲が満たされて楽しかった~。

グレかとおもったらてっち~。まぎらしいわ!

デジタルデータの儚さ

一夜明けて、頭に残ってるのは
「地球がどうかなったとき、デジタルデータはもろい」って話題です。

細かい話の流れ、忘れちゃったけど。
あつのんが、「100年後には地球もどうなってるかわからない」とか言って。
ツバキちゃんが、「ローマ遺跡は残るけど、デジタルデータは残らない」みたいなそんな話。
ようするに、深夜っぽい話よ!

ドラクエで言うと、こつこつレベ上げしたキャラも、撮りためた写真も、課金して揃えたドレアも、こうして書きためたプレイベのレポートも、ツバキちゃんがこだわったハウジングも、地球がどうなるまでもなく100年後には風化しているという事実。
こういうデータって、本人がいないと意味がないものが多いからね。
でも、人間が時間かけて真剣にやったことが無に帰するって思うと切ない。
切なくて、儚い。

その点、戦争があっても、自然災害があってもずっと残ってる、ピラミッドとか、パルテノン神殿とか、アナログコンテンツつよつよですよ。
何千年を経ても残ってるっていうのは、「その時代に生きた人」の息吹を感じられることで、それってめっちゃロマンでしょ。

地層とか、遺跡とか、古墳とかから、昔の人が使ってたものが発掘されて、そこから当時の人の暮らしや考え方を知ろうとするわけじゃないですか。
我々も同じように、お仕事やドラクエに情熱を注いでいるのに、デジタルだとその情熱は発掘されないわけです。

ぽりたんの絵だって消えちゃう。
なぜなら、描く環境がiPadで、発表する場がツイッターだから。
これが、描く環境か、発表する場か、どっちかがアナログなら残りやすいんだけど、どっちもデジタルだから。

もちろん、ちゃんと残そうとすればデジタルデータだって残るし、むしろアナログより劣化せず残しやすい部分だってあるんだけど、そういう意味じゃないんですよ。
ぽりたんが明日事故で死んじゃったとして、誰もぽりたんのPCのパスワードを知らないし(むしろ見ないでPC捨ててほしいし!)、がんばって描いたたくさんの絵はそれでおしまいってことなのよ。

「残そうとしたもの」以外残らないから、たとえば300年後とか遠い未来の人がたまたま、有名でもなんでもないぽりたんの絵を発掘して、「これはつまり、2020年代頃にドラクエというゲームで遊んで、そこで会った人たちの絵なのであろう、じつに興味ぶかい」みたいに、想像したり何か感じてくれる可能性が皆無なの。

500年前に描かれた「モナリザ」を、今でもたくさんの人が見て何かを感じてるのとの差たるや。
デジタルデータ、弱くて儚いです。


まとめ

いっぽうで、儚いものが無価値ということもないわけです。
残るものにロマンを感じつつ、消えゆく瞬間を尊く感じるのが人間。

人って、得ることより失うことへの感受性が高いので。
つまり、「失われる前に守りたい」、「消えるからこそ尊い」みたいなふうに感じるよう設計されてるんですね。

たぶん、人の命が有限なことが、こういう感情の土台になってる。
「残らないこと」を儚まず、瞬間を噛みしめてやっていきたいものだなーなんて思いつつ、3時半頃に閉店した昨夜の担々亭でした。

くしくも桜の季節。
永遠ではないものの強さ。
花は散って、存在をより深く刻む。

フォーリオン造成地の桜


おまけ:広場掲載時のコメント欄

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今回のプレイべ

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開催日時:2025年4月7日(月)23:00~翌3:30